2008年03月13日
万葉集0163822 橘の 寺の長屋に 我が率寝し
万葉集 巻16 3822
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橘の 寺の長屋に 我が率寝し 童女放りは 髪上げつらむか
作者未詳 (巻16・3822)
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橘の 寺の長屋に 我が率寝し 童女放りは 髪上げつらむか
作者未詳 (巻16・3822)
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橘寺の長屋にかわいいおかっぱ頭の娘さんがいたよ。純心で、大らかな心の娘さんだった。大好きになって、一夜、愛し合った。
あの娘さんも、もう、髪上げをして、結婚しているだろうなぁ・・・。幸せに暮らしていてくれればいいけれど・・・
★★★ 『 芙蓉 ★ 橘寺 』 ♪♪♪
作者未詳の歌です。
特別な人が詠んだものじゃない。たとえば老仁のような普通の人が詠んだのかもしれません。正直、驚きました。
ほんとうにこんな世界があったのだろうか・・・
けれど、あっても、すこしもおかしくない世界なんですよね・・・
今の世界に、この生き方を持ってきたら、どうなんでしょう・・・
けれど、昔も、今も、こんな世界は、普通のこととして、在るんでしょうね。
心が素朴になれば、それが自然なことなのだと思うのですけれど・・・
さまざまな万葉人の心を辿ってみようと思いますけれど、最初に出会った万葉歌が、「明日香風」で、そして「童女放り」だということは、老仁の今にシンクロしすぎた選択なのでしょうか・・・瘋癲老仁妄詩の流れとしては流れのまんまなのでしょう・・・
けれど、この世界が、自然の流れとして起こるのには、自然の流れがあるんでしょうね。
それが飛鳥という時代の創造性だったのでしょう。
その創造性のダイナミックな流れの中に、長屋の娘さんの心も開かれていたのです。
長屋の娘さんの心を開き、夢を見させた明日香の風土と人間ドラマを、老仁の最後の故郷の火として、旅していこうと思います。
明日香風は、権力者たちの間にもさまざまな夢を抱かせたけれど、庶民にも新しい世界を待ち、楽しむ心を抱かせたのでしょう。老仁にとっての明日香風は、おかっぱ娘に夢を抱かせる風の源泉です。
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★★★ 『 鶏頭や煩悩尽きること知らず 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 3401
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★★★ 『 ちっご風起こす情(こころ)に酔芙蓉 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 3402
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★★★ 『 愛ならず恋にもあらず深みゆく絆のあれば心癒さる 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 9701
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